寿で暮す人々あれこれ
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— 89 —寿で暮らす人々あれこれ右近さんは、身一つで寿に引っ越してきた。老人クラブにも加入した。ある時の雑談が記憶に残る。夕食をしながら交わした何気ない会話だ。「俺は食べ物の味がわからない」と言う。えっ!と思った。お父さんは各地の飯場を転々として生活していたので、右近さんは小さいころから飯場暮らしをしていた。そんなわけで食事もとれないことも多かったという。そんな時「仙人になりたい」とよく空想したのだそうだ。「仙人は霞を食べると言うだろう。そんな暮らしがしてみたい」「三度三度の食事をするなんて面倒じゃないか。人間食べないで過ごせたらこんなに気楽な事ないじゃないか」と屈託なく楽しそうに笑った。思い出したことがある。山谷に程近い吉原大門の向かいにある「土手の伊勢屋」という江戸前のてんぷら屋さんで食事をした時、右近さんは、突然「この天婦羅おいしいか」と尋ねた。「おいしい!」僕は答えた。胡麻油で揚げた香ばしい具が丼からはみ出してドーンと乗っている。甘辛のタレもコクがあっていい。右近さんはうなずいて「今度友だちを連れてこよう」。そのあとの言葉が「おれは食べ物の味がわからないんだ」になる。僕は戦後の食糧難の中で生活した記憶がわずかにある。お腹いっぱい食べたいとおもう記憶はあっても「食べないで過ごせたらどんなにいいだろう」とは想像したこともない。みんなお腹いっぱい食べたいと思うことに何の疑いも持ったことはなかった。右近さんは、今でもそう思っているよと屈託なく笑っている。知り合いに聞いた。東大の卒業とのこと。今も同窓会を楽しんでいるという。かの全学連の有名な闘士も学友という。

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