寿で暮す人々あれこれ
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— 84 —老人クラブの人たち(その2) ─ 伊村さんのこと大きな福々しい顔がなんとも人懐こい。和服が普段着でそれがまたとてもよく似合う。相談室や診療所によく顔を見せたが、口数は少ないが笑顔を絶やさない。心の底からの穏やかな笑顔だ。時々、屈託のない大声で笑っているのを聞くと縁側で日向ぼっこしているのどかさを連想してしまう。老人クラブの会員にはなったけれど活動に参加することは余りなかった。みんなといるときでも、悠々とひとりで居るという雰囲気だった。ある日、お部屋を訪問した。まな板を足で押さえて大根を切っていた。声をかけたらいたずらを見つけられたような表情でアハハと笑った。手と腕がうまく動かせなくなって炊事が思うに任せなくなったのだと言う。伊村さんは元ヤクザだったという。詳しい話は聞かなかった。普段の好々爺ふうの姿からは想像しにくい。いや、この顔を緊張させ厳しくすれば他人をすくませるような貫禄あるヤクザの風貌となるかもしれない。しかし、ヤクザだった人が、余生をこうも穏やかにというのは新鮮な驚きだ。一方で「正しく生きてきた」ことを自慢し、愚痴をこぼすおじいちゃんも。それぞれに今日までよく生きてきたもの、とふっと感動をおぼえる。老人クラブの人たち (その3) ─ 阿部ちゃんのこと老人クラブの副会長さん。無口で用事を見つける眼でいつも体を動かしている。話しかけてもウー、とかアーとかの相槌だけで会話にならない。気まずくはならない。たまに会話が弾むことがある。独特の訛りと

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