寿で暮す人々あれこれ
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— 80 —てありがとうございます」感極まった声で何度も頭を下げていらした。刑務所から出所してきた寿の人がお店を訪ねて「かあさん、まだ居てくれてよかった」と言ってくれたりするの。「どんな人も、事件を起こした人も心はきれいなの。寿の人みんな大好き」そう屈託もなく言う肝っ玉かあさんの笑顔はとびっきり人なつこく優しい。老人クラブの人たち(その1) ─ 成瀬さんのこと老人クラブ寿檪の会2代目の会長さん。東北地方の或る税関で働く国家公務員だった。そこで、日雇港湾労働者の厳しい労働実態に接し労働者と共に生きようと決心。なんと、妻子をそのままに出奔。以来、日雇港湾労働者の組織化運動に没頭した。一定の成果を得た後、寿の日雇労働者の組織化と生活向上を目標に寿に移り住んだ。港湾労働者とともに過ごした成瀬さんにとっても、土木建築産業等で働く日雇労働者は、日々働く場所が変わるので組織化するのは難しかったと思われる。労働現場での仕事が厳しくなった年齢を迎えた広瀬さんは、老人クラブに加入。その後、皆に押されて会長となった。気難しくはないが、博識と孤高の雰囲気をただよわせいつも白いワイシャツを着ていた。ある日、ドヤの部屋で亡くなっていた。前日まで普段どおり元気だったのだが。置き去りにしてきたという妻子と連絡が取れた。奥様と末の娘さんは、町の人達の手で準備し行われた葬儀に参加された。ふくよかで穏やかな雰囲気の奥様は白髪が見事だった。眼鏡越しのにこやかな物静かな優しい笑顔が印象的。お子さんは3人でともに女の子。上のお二人の娘さんは家庭を持って独立している。葬

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