— 68 —えることもある。言葉が聞き分けられないことがもどかしい。なんとなく察して相づちをうったり、聞き返したりするが、会話は続かず途切れてしまう。うんうんと何もわからないのにわかっているような振りをしているだけになる。そのうちになんとなく、じゃあということで別れることに。いつもこうなってしまう。別れた後、とても気にかかる。坪井さんは、何を言いたかったのだろうか…。坪井さんは、働く時は「現金仕事(寿の労働者は、一日働いてその日の日当を受け取る仕事のことをこう表現する)でなく飯場に行くようだ。飯場は10日間あるいは1カ月、長い時は3カ月、労働者を寝泊りさせる宿舎のことである。三度の食事が提供され、煙草や酒などの嗜好品、軍手や地下足袋、歯ブラシ、手ぬぐいなど日用品が備えてある。契約終了後、賃金から食事代とその他購入物品を清算する仕組みである。坪井さんは、寿で、より有利な日雇仕事を日々見つける情報収集力や人脈、社交性や度胸などとは無縁で、土方(※4)としての腕前もあるようには見えない。その点、飯場はプライバシーもほとんどなく生活の場と言えるような場ではないが、食、住、職は確保していける所ではある。坪井さんは、飯場でしっかりと生活しているのだろうか? また、労働契約期間が過ぎても居続けさせられて働かされ、あげくは追廻し(会社側は契約が満了しても、賃金支払を先延ばしし、次から次と仕事を言いつけるなどして本人が不安を感じたり、嫌になったり、時に怖くなって賃金を受け取らず飯場を無断で出ていくように仕向けることをいう)などされて、賃金を貰えないなどの目にあっているのではないか、体よく誤魔化されて雀の涙ほどの賃金精算で追い払われているんじゃないか…。坪井さんは我慢し黙々とすごしているのではないかなどと想像してしまう。坪井さんからそのような相談を受けたことは一度もない。もしあったとしても、聞き分けられなかったのではないかとも思う。坪井さんにとって飯場は酷な場だとは思うが、生活の最後のよりどころとして、仕事の場というより生きていく場という意味合いもあったのではないだろうか。坪井さんが、日雇という厳しくしかも熟練が必要な
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