寿で暮す人々あれこれ
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— 43 —寿で暮らす人々あれこれていると、死んだ犬や猫が私を呼ぶの。かわいそうになって、家に連れてきて、お線香をたいて拝んでから葬ってもらうのよ」ということだった。お部屋にはお線香の匂いがほのかにしていた。床井さんは、半年ほど寿で生活し、それから入院、そして退院という生活をここ数年続けている。戸籍が無い… ─ 宇賀神さんのこと宇賀神さんは、港湾で働いていた。春と秋の季節に「バクバク働き」、その蓄えで暑い夏と寒い冬は、働かないで過ごすのである。それは、身体を大事にして生活していくための秘訣なのだという。宇賀神さんのお部屋を訪問しはじめの頃、宇賀神さんは、いつも扉を数センチしか開けなかった。時が経ち、ようやく信用してもらえたのだろう扉を開けてくれた。りっぱな体格だった。独特な訛りでゆっくりとかみしめるように話す温厚な方だった。着ているものは、下着以外すべて自分で縫ったという。見よう見まねで布を裁断しつなぎ合わせて作ったもので、縫った糸がよく見える。長年の経験がうかがえる出来映えである。裁縫箱を見せてくれた。いろいろな糸、針、ボタン、鋏と道具がいっぱい揃っていた。自炊は出来ないので、寿の近辺の美味しい定食屋さんを探して食事をしている。食べることが楽しみで、美味しいところ、安いところを探すのに労を惜しまなかった。新しく美味しい定食屋さんを見つけると教えてくれた。ある日、つらそうな顔をして「相談がある…」と見えた。用件を切り出さない。じっと待つ。「腰を痛めて働けなくなった。蓄えも底をつきこれからの生活がどうなるのか、どうしていいのかわからない…」ぽつぽつと話し出した。

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