寿で暮す人々あれこれ
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— 28 —寿の路上でのひとコマ。ガジリヤさんが、日雇い仕事から帰ってきた労働者に声を掛けた。「この数日、仕事がなく食事もしてない。ドヤ代(部屋代)も払えない。兄ぃ、何とか助けてくれよ」「そんなのしらねえよ…」声をかけられた人はさも迷惑そうに言い捨てて立ち去ろうとした。ガジリヤさんは、そんなことであきらめはしない。そばにぴったり食いついて離れず話しかける。相手が根負けして何がしかのお金を出すまではあきらめない。さて、成果はどうだったのだろうか。僕も、ガジリヤさんに食い下がられたことがある。断り続けたが、一向にあきらめない。そのうち「ここは福祉だろ、福祉って困った人を助けるところだろ」と言い出した。カチンときて口論になってしまった。相談員としては失格であるが、こうなると冷静になったり、謝るのはむつかしい。意地を張り気まずく別れることとなった。それから月日がたち、町中でかのガジリヤさんとすれ違った。ひやかしに声を掛けようとしたが、ガジリヤさんは深刻そうな顔でうつむき加減に歩いて行った。つい声を掛けそびれうしろ姿を見送っていた時、ふっとある思いがわいた。「ガジリヤさんは、いま、次の相手に備え物語を考えているのではないか」ガジリヤさんは、24時間、心休まる時がないのではないか、と思った。ガジリヤさんのことをなんとなく「働かないで暮らせて気楽でいいよな」と思っていた。しかしあの顔はとても気楽に過ごしているとは思えない。ガジリヤさんの行為は「彼の生活芸」といえるものかもしれない。今度彼が僕のところに相談?に来ることがあったら、彼の芸をじっくり聞いて出来のよい物語であったら、心づけを渡しても少しも惜しくはないと思った。そう思えたら僕の肩がスーッと軽くなった。僕の子どもの頃、大道芸は多彩なものがあった。僕も面白くドキドキして聞いていた。大人たちは、生活の中の遊びとして、また芸として楽しみ、その心付けを含めて買っていたのだろう。いまは、日常生活に在った大道芸も消えていってしまった。人の情に訴える「泣き売ばい」や修行僧の衣装に身を包んだ「ガマの油売り」、

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