寿で暮す人々あれこれ
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— 159 —寿で暮らす人々あれこれ「ことぶきで暮らす人々あれこれ」 連載57回記念に寄せて例年よりも少し遅れて咲いた「ねむの木」の枝が早春の風に靡いている。樹齢50年の老木の花はまるで白いカーテンのようだ。樹の下では子供達の賑やかな歓声が響いている。開放された正門横の壁には保育園名があるのだが、ここからはよく見えない。恰幅の良い老人が近くでその光景を眺めているのだが子供たちは気にせず遊びに夢中だ。背の高い凛とした女性が「お久しぶりです。」と声をかけた。老人とは孫ほどの年の差に見えるがどうやら彼女が現在の園長らしい。手土産を渡した老人は頭を掻きながら照れ臭そうに笑っている。道端に見かけぬ新聞紙が落ちている。日付は2042年3月26日とある。30年後のことだ。こ保育所このクラスだよりには毎号興味深い寄稿がある。筆者は言うまでも無くこ保育所この所長なのだが、おおよそ保育園長というにはほど遠く偏屈な三流芸術家のような風貌をしている。5年ほど前からはじまったこの連載は住人の生活は勿論、街の生い立ちからはじまり、名物人物伝や当時の数々のエピソード、保育所の誕生に至るまで、古き良き「寿が最も寿らしかった時代」が独特の視点で書かれておりコアでディープなファンは多い。かくいう私もまんまと毒された読者のひとりではあるのだが。所長から当時の街の様子、豪快な住人達の武勇伝を聞くことは多い。本業(仕事)の事でこれほど熱の入ったやりとりがほとんど無いのはいささか残念であるがこれも事実なので仕方の無いことだ。保育所の倉庫に山積みにされている書籍がある。「羅漢たち」という重々しい名の写真集の中では当時の街や住人達がエネルギッシュに犇めき合っている。「そねやん」をはじめ、連載に登場する数々の主人公達(ちなみに私の一押しは「はやと」であるが)を指さし懐かしそうに語る。

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