寿で暮す人々あれこれ
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— 148 —寿から回復する方は、後から来る依存症者の希望と力になっています。多くの回復した依存症者は、依存症になる前より質的に高い生き方をしています。過去をとりもどす(その1) ─ 大賀栄さんのこと初めての出会いはどんなだったか記憶も定かではなくなってしまいました。表情や挙措動作が上品な方でした。澄んだ目をしていて八の字眉毛は、色白の穏やかな丸顔によく似合っていました。大賀さんのゆっくりとした語り口は、控えめで謙虚な人柄を思わせました。周囲とのかかわりを避けひっそりと目立たない生活を送っているように見えました。老人クラブの活動や行事へのお誘い、匡済会診療所の健康診断の案内をとどける形で、少しずつ親しく話しをするようになりました。無類の読書家で、よく野毛の市立図書館に通っていました。彼の発案で、老人クラブに市立図書館から借りだした小さな図書館ができ、一月に1回ほど図書を入れ替えました。大賀さんはその担当を引き受けました。ある日、思いつめた表情で相談室にやってきました。寿に来ることになった経緯と身の上話でした。「生活保護の担当さんには、ずっと嘘をついていました。自分には住民登録ができないわけがあります。悪いことはしていません。自分は人間として許されない道義的責任を負っています。こんなこと、人が多く出入りする担当さんの前では話せません。自分の身辺をきれいにして始末をつけようと思います。私にもプライドがあります。この下層社会では生命を終わりたくありません。マニラに行きたいと思っているのですが、パスポートも取れませんし夢ですね」神戸の資産家の家に生まれ、県立神戸商高卒業後、東南アジア方面で木材関連のバイヤーをしていたとい

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