寿で暮す人々あれこれ
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— 136 —加藤さんと寿夜間学校、寿文学研究会 ─ 尾野さんのこと尾野さんは、素朴で穏やかでユーモアもあり方言が印象的な方で、プライドがあり毅然とした方でした。尾野さんとの出会いは、相談にいらした時か、当時、寿生活館職員の加藤さんが寿の労働者たちと立ち上げた寿文学研究会、寿夜間学校を通じてだったかよく覚えていません。寿文学研究会がある時の尾野さんは、その開始の時間前にふらりと現れることがありました。布製のカバンを肩から斜めに下げ、手には大学ノートを握っていました。そんなときの尾野さんは初々しい学生さんのようでした。尾野さんは、北海道は標津の出身で老人クラブの役員でもあった長谷川さんという方が、中心になっていた白百合俳句会に時々出席していました。尾野さんの短歌に「寿は おかしな不思議な夜の街 海でもないのに マグロ群れなす」というのがあります。寿で暮らす人は「そうだよなあ」と苦笑いを浮かべることでしょう。ちょっと解説しましょう。寿で「マグロ」というのは、酔って路上にごろりと寝ている人の様を魚市場に水揚げされたマグロに例えたもの。マグロを介抱するふりをして懐から金員を巻き上げる者を「マグロ師」と呼びます。その「マグロ師」がいつの間にか省略されて「マグロ」と呼ばれるようになりました。被害者側の名称が加害者の俗称にかわるというのは何とも不思議です。実は尾野さんも酔ってゴロンと寝ていて「マグロ」の被害にあっているのです。そんなわけで尾野さんの歌の意味はおわかりでしょう。これも余談ですが、東京の山谷は「しのぎ」、大阪のあいりん地区では「西成強盗」と呼んでいます。近年の「マグロ」は、介抱を装うのではなく夜暗い人気のない場所で2~3人組で強奪するようにもなりました。後ろから羽交い絞めにする者、懐を探る者と役割が決まっているとか。あっという間の早業でことを済ませます。彼らは、自転車に乗って寿地区内をぐるぐる回って「カモ」を見つけます。寿の少なからず

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