— 121 —寿で暮らす人々あれこれ聴いて、さて業者に連絡をという時になって彼は「ちょっと待ってくれ」と僕の電話をとめた。なぜ、と聞いたが無言。しばらくして「少し考えさせてくれ」と言って相談室から出て行った。翌日、彼は相談室に来て「自分で何とかする」とのことだった。聞いてみると、今回はあきらめて働き口を見つけるということだった。納得できかねる僕は、どうしてなのか、支払わせることができるから一緒にやりませんか、と説得した。彼は「この稼業をしていると、こういう問題で揉めたりしたことが知られると仕事がしづらくなるんだ…」僕はうーんとうなった。そう言われるとそういうこともあろうか、と察することができる。しかし、日雇で生活していくために、賃金をあきらめる、解決をあきらめる、と聞くのは初めてのことだった。僕には返す言葉がなかった。後姿を見送った。日雇労働者(以下日雇と略す)は、直接の雇主が誰かわかる場合もあれば、わからない場合もある。手配師に紹介され、手配師から日当をもらう。賃金問題や労災問題が起これば、業者と日雇の間に手配師が入ってうやむやにすることもある。元請、下請、孫請と続く連鎖の中で責任の所在があいまいになる。下請群は俗に一つ倒産すると三つできるといわれるくらい「偽装」も多い。時間と理屈の手続きを面倒がる日雇気質もそれを受け入れやすい。大怪我で後遺症が残っても何の補償もなかったということもある。でも、日雇はぐずぐず言ってはいられない。その日の稼ぎがその日の生活を支えるのだから。選択の結果、結局自分が一番困るということになることが多いのだ。日雇を取巻く差別や制度の不合理を思っても、日雇労働者は不器用に毎日を生きている。※7 飯場:10日とか1ヶ月とかの契約で飯場に住み込みで働く。労働現場に近いプレハブの建物で生活の場でもある。賄いさんがいて食事をつくる。いい賄いさんのいるところだと大当たりという。食い抜きで日当を定める場合が多い。(食い抜きとは、日当から食事代を引かない契約である)その他、諸式と言って手ぬぐいや軍手、石鹸やお酒など飯場生活で購入したものは、契約が終わると差し引かれる。手取り金がほとんどなくなるということもある。飯場は、無一文になった労働者、野宿している労働者でも手配していく。その場合、その労働者は前借という負債を抱え働きながら借金を返すというこ
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