寿で暮す人々あれこれ
118/189

— 116 —ヤンカラさんの主 ─ そねやんのこと寿で長い期間言葉を交わし親しみを持ってかかわってきたのに、その人のことをほとんど知らないということが案外多いことに改めて驚く。ふり返ってなぜもっと知ろうとしなかったのか、知らなかったのかとも思う。そうなったのほ僕の問題であるのと、その人が、僕にそうさせたという側面もあるのではないかと思う。寿の人は、絆も失われている場合が多い。ふっと思い出したりして気がつけば亡くなっていたり、消息も途絶えていたりする…。「とき」は容赦なく過ぎていくのだなと思うのはそんな時だ。記録することは「とき」に抗うことであるのかもしれない。そねやんは、そのような一人である。ヤンカラさんの輪の中にいた。その中でも存在感を持っていた。いつもヤブちゃんと一緒にいることが多かった。ヤブちゃんのいるところそねやんがいる、そねやんがいるところヤブちゃんがいた。僕は当時、そのことをあまり意識することはなかったのだが。そねやんの風貌は、あの水木しげるの「ゲゲゲの鬼太郎」に出てくる「ねずみ男」に似ている。そねやんは、まれに相談室に現われて、椅子に腰かけ足を組んで時を過ごしていく。長く焚火の傍らで過ごしているから、顔は真っ黒にテカテカと光っている時がある。何故かというと、当時、暖をとるため古タイヤなども燃やしていた。大分以前だが、扇長4丁目の角にタイヤ屋さんがあって、古いタイヤが山のように積んであった。それを運んでは燃やしていたので黒い煙がもくもくとあがってゴムの焼ける臭いがしていたものだった。その傍で寝るから体じゅうススで真っ黒になる。タイヤのススには油分が含まれているから顔はテカテカになるという具合。寒い時でもタイヤのススをまとっていると寒くはない、とそねやんは言うのだが。そねやんはどんな働き方をしていたのか。ヤンカラさんの集まるところに手配師が寄るので、土木建築関係の日雇をしていたのだろう、となんとなく思っていたから、改めて聞くことはなかった。それに、具体的

元のページ  ../index.html#118

このブックを見る