寿で暮す人々あれこれ
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— 113 —寿で暮らす人々あれこれがたい時間に変化と笑いを与えた。スカブラが休んだ時は、作業能率は落ち採炭量が減ったという。スカブラは、抗夫たちの地底でのかけがえのない娯楽であり活力源となっていた。スカブラは奇才、異能の持主ともいえ誰もがなれるというものではないだろう。スカブラは地底の厳しい労働の中で産まれ育まれて存在してきた。また、坑道内の異変をいち早く察知し仲間に知らせ避難させることもあったという。懸命に働いているときは、坑道内で発生する有毒ガスや、落盤、出水の前兆など危険に気付きにくい。昔、炭鉱夫たちは、有毒ガスに敏感なカナリアを連れて坑道に入ったという。スカブラさんは、結果としてカナリアの役割もしていたのだろう。炭鉱事故は多くの犠牲を伴う。昭和38年の炭塵爆発事故では450人を超える死者と、800人を超える一酸化炭素中毒者を出した。炭鉱と事故はつきもので閉山までなくならなかったという。人間の労働は不思議で、社会にとって本当に必要不可欠な労働ほど蔑まれてきた歴史がある。スカブラやネカタを生んだのは、過酷な肉体労働の中で労働者が生み出した知恵ではないか。寿で暮らす日雇労働者は「寄せ場」という労働市場を通し多様な人間関係を結び仕事の情報を得る。「寄せ場」は日雇労働に関わる者たちの巨大な社交場であある。「寄せ場」に行けば生活の糧をつかめる。貧しかったが生活をつなぐ関係や助け合いがあった。今「寄せ場」は小さくなり、多様な人間関係は薄くなって日雇労働者は孤立を深めているように思われる。個性豊かなネカタやスカブラを産んだ土壌は失われつつある。寝方がふつうに存在したことを知る僕にとっては淋しいことではある。※5 頭とり(あたまとり):手配師ともいう。その仕事は、日雇労働者を必要とする企業に労働者を紹介、斡旋する役割の人。一人で数社からの依頼を受けて必要な人数をそろえて現場に送り込む。練達の手配師は、専属の労働者をたくさん抱えて、港湾、土木建築の急な需要にも迅速に対応していた。労働者に仕事がない時は生活の世話もみていた。※6 上野英信氏:福岡県は筑豊の炭鉱で暮らす。作家であり炭抗夫でもあった。僕は、昔読んだスカブラのことが書かれた本の題名を忘れてしまった。インターネットで検索してみたが、可能性がある本として「追われゆく鉱夫たち」「地の底の笑い話」(各 岩波書店)がある。

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