寿で暮す人々あれこれ
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— 9 —寿地区自治会の結成罹災の問題が落ち着いたころ、「夜明け前」と題する、ビラが寿にまかれました。「寿ドヤ街には町内会がない、自分たちの問題は自分たちで決めよう」と町内会の結成を呼びかけたビラでした。僕は、右も左もよくわからぬまま、何かに突き動かされるようにその結成に参加し全力を注ぐことになりました。息を抜いたら、壊れてしまうような緊張感がありました。紆余曲折を経た半年間の末、日本のドヤ街では画期的であろう寿地区自治会が結成されました。この活動で、労働者、ドヤの管理人、経営者、商店主、寿生活館職員などとさまざまな意見を交わし、思いに触れることが出来ました。自治会結成以来、福祉センターは、事務局となって地域活動の拠点となりました。夜間レントゲン健診の誘致運動日雇労働者の「寿保健の会」は、昭和42年から寿に夜間レントゲン健診を誘致する活動に取り組んでいました。日雇労働者を雇用する業者は、そのほとんどが日雇雇用保険、健康保健に加入していない業者なので、労働者は病気が悪化してから相談に来る状況でした。福祉センターは、保健の会の活動に参加し、昭和44年に夜間レントゲン健診は実現しました。この健診は内容を変えて現在も続いています。老人クラブ寿櫟の会の結成昭和47年7月、ある老人から、寿には、「老人の居場所がないんだ、世話になるだけでなく、何かの役にも立ちたいんだ」との相談がありました。福祉センターの診療所で、老人健康診断を企画し、受診した老人たちに呼びかけて何回かの会合をもち賛同者が60余名になりました。同年12月、老人クラブ寿櫟の会が発会し、福祉センターは活動の場を提供しました。その後、老人クラブの活動は活発に展開され、寿地区の活動はじめに

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